酒はたしなむが、味がわからなくなるまで飲むのは無粋の極みだ。それが歌仙兼定の持論である。
ひっくりかえって大いびきをかいている新選組の刀たちを踏まないように、歌仙はそっと宴席を後にした。審神者主催のクリスマス会もとい大宴会はおおいに盛り上がった。しかし、明日この場所を片付けねばならないことを思うと、とんだ贈り物だと歌仙は思う。
片付けの算段を考えていると、背後から足音が聞こえてきた。振り返ると、山伏国広がこちらへやってくるところだった。
「僕に何か用かい」
「用がなければ話しかけてはいけないのであるか」
「そんなことは言っていないさ。ただ、楽しい酒の席を抜け出してまで僕のところまでくるなんて、物好きだね」
「物好きに付き合う歌仙殿もまた物好きである」
「そうかもしれないな」
言葉をかわす山伏の顔を見ると、どことなくほおが上気しているようだった。酒が顔に出るタイプではないのにめずらしい。歌仙の視線に気づいた山伏が照れたように笑う。
「くりすますというものは、贈り物をする日なのであろう? 主殿がそう言っているのを聞いたのだが」
どきん。歌仙は自分の心の臓が小さく鳴ったのが聞こえたような気がした。自室に置いたままの紙袋が脳裏をよぎる。
「うーん、まあ、主たちにとってはそういうことになっているね」
「拙僧も、人の身を得たからには人間のまねごとをしようと思ったのである」
そう言うと、山伏はジャージのポケットから小さな包みを取り出した。
「歌仙殿、ぷれぜんとである」
歌仙は受け取ったそれを眺めた。ポケットにずっと入れたままになっていたらしく、包装紙が少しひしゃげている。ちいさな見た目に反して、意外に重いそれを開けてみる。いったいなんだ、これは。
包み紙から出てきたものを見て、歌仙は言葉を失った。
石だ。
なんで、石なんだ。期待に膨らんでいた風船が、ぱちんと割れた。
「歌仙殿?」
何も言わない歌仙を不思議そうに山伏がのぞき込む。
「なんだこれは! ありえない!」
そう叫ぶと包みをぐいっと山伏に押し付けて、歌仙はドスドス床を踏みしめながら歩み去った。あとにはぽかんとして立ち尽くす山伏と、紙に包まれた粗削りな石が残された。
あくる日、朝餉の支度をしながら歌仙はいらだちを隠せずにぷりぷりしていた。一緒に当番をしている鳴狐とにっかり青江もどう声をかけていいのかわからずに、ただ黙って宴会の翌朝の定番メニュー、胃にやさしいおかゆを用意している。
「ありえないありえないありえない……」
包丁を握りしめてぶつぶつ呪詛を吐く歌仙の殺気立ったまなざしに、青江がおそるおそる声をかけた。
「いったいどうしたんだい。僕らでよければ話を聞こうか」
鳴狐とお供の狐がそのとなりで神妙にうなづく。
「ああきみたち、ありがとう。人の身を得てから、僕らが生まれた時代とはずいぶん違う文化が発展してきたのだと実感する日々だ。だがね、ひとに贈り物をするならば、いつだって趣向をこらした雅なものを贈るだろう? そうだろう?」
そう一息に喋ると、目の前のねぎを乱暴に切り始めた。きれいに切れず、さらにいらだちが募る。その手つきにおびえながら青江は言葉を紡いだ。
「誰かからおかしなプレゼントをもらったってことかな。昨日はクリスマスだったものね。さしつかえなければ、それがなんだったのか教えてもらえるかな」
「よくぞ聞いてくれたね。石だよ、石! 宝珠ならともかく、切り出しただけの石、なん、て……」
石? 山伏の照れたように笑う顔が頭をよぎる。もしかしてあの石は、ただの石ではなく……? 歌仙の動きがはたと止まった。うまく切れずに全部つながったままのねぎが、まな板から転がっていく。
「あぶない」
すんでのところで鳴狐がキャッチする。
「歌仙殿、どうなされました?」
お供の狐が不安そうにしっぽを振る。
「申し訳ないが、ちょっと急用を思い出した」
「え、ちょっと歌仙くん」
あっけにとられる青江たちを残して、歌仙は走り去ってしまった。
「まったく、人騒がせだねえ」
「うん」
「鳴狐、ひとを悪く言ってはいけませぬぞ!」
「悪いのは歌仙くんさ。今度じっくりと歌仙くんを味わわせてもらわないと……。もちろん、のろけ話のことだよ?」
そう言ってにっかりと笑う青江に、鳴狐は肩をすくめてみせたのだった。
歌仙が息を切らせて山伏の部屋を訪ねると、彼はすでに起きて座禅を組んでいた。
「歌仙殿、こんな朝早くにどうなされた。たしか、食事当番だったのでは」
気まずそうな表情の山伏に、歌仙の胸がちくりと痛む。
「立ち話もなんだし、おじゃまするよ」
そう言って山伏の部屋に押し入る。隅に置かれた机の上に、昨日の包みが置いてあった。歌仙はそれを手に取る。
「あ、歌仙殿、それは」
「すまなかった、ちゃんと見もしないで突き返してしまった。これ、砥石だろう。それも天然もの」
「……受け取ってもらえるのであるか」
山伏の顔がぱあっと明るくなる。
「もちろん。僕のことを考えて選んでくれたんだろう?」
「うむ。これで包丁を研いで、気持ちよく料理をしてほしいのである。拙僧の好物は、歌仙殿の手料理であるぞ」
ストレートな山伏の言葉に歌仙は面はゆくなる。照れくささにそっぽを向きながら、山伏に会いに来る前に取ってきた紙袋を差し出した。
「僕だって、きみのことを考えてプレゼントを用意していたんだ。昨日は渡せなかったけれど」
「なんと! 歌仙殿、開けてもよいか」
「どうぞ」
うきうきと袋を開ける山伏に言い訳するように歌仙は言う。
「きみは、何をもらったとしてもたいてい笑ってお礼を言ってくれるだろうと思ったんだ。僕好みの風雅なものを用意してもよかったけれど、きみが万屋で欲しそうにしていたのを見ていたから」
「こ、これは」
袋の中から出てきたプロテインに、山伏は目をまるくした。その反応に耐えられず、しゅわああっと歌仙の顔が赤くなる。
「ああ、僕らしくもない! 雅じゃない! なんとでも言ってくれ!」
「歌仙殿―!」
どんっと山伏が歌仙に抱きついた。
「拙僧は今すぐ山に籠って修行してくるゆえ、ありがたく使わせていただくのである!」
「ほらね……やっぱりプロテインが一番喜ぶと思ったんだ。いってらっしゃい、腕によりをかけて力の付く料理を用意しておくから」
雅じゃない、とつぶやきながらも、歌仙は山伏を抱きしめ返した。大切なひとの喜ぶ顔が見られるなら、クリスマスという行事も悪くない。

